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残業代請求の理論と実践

弁護士渡辺輝人のブログ。残業代(労働時間規制)にまつわる法律理論のメモ、裁判例のメモ、収集した情報のメモ等に使います。

『定額残業制と労働時間法制の実務』をペラペラめくって

 経営法曹会議に所属する弁護士が集団で出版した本である。

 固定残業代についてかなり紙面を割いて取り上げられているのが特徴で、経営法曹が集団的にこのテーマで纏まった論述をした本はあまり、記憶が無いので、この問題についての経営側のトラブルが経営法曹の問題関心としても大きくなってきているのかな、と想像した。経営法曹がこのテーマについて持っている関心をチェックする、という意味では、注目の書だと思う。

定額残業制と労働時間法制の実務

定額残業制と労働時間法制の実務

 

 個人的には、自分が担当した「トレーダー愛事件」(京都地判平成24年10月16日 判タ 1395号140頁)が評釈すべき裁判例として取り上げられており、反対の前線にいる弁護士たちから、自分の関与した裁判例を取り上げられるのは、少なからず嬉しいものである。

 ところで、まだ、読み始めなのだが、この本では、固定残業代の問題を労基法の解釈ではなく民法488条1項の充当指定の問題と捉えている。たしかに、固定残業代の主張は訴訟との関係では弁済の抗弁の問題とされる。

 しかし、例えば、月給制労働者の場合、基本給(算定基礎賃金)も割増賃金も含めて一ヶ月ごとに一本の賃金債権のはずではないか。一番単純な日払いの時給制労働者の事例を考えても、8時間以内と8時間超で別個の賃金債権になることは考えがたいように思う。

 民法488条1項は、金銭債務についていえば、複数の債務に対して総額に満たない額を弁済する場合に、債務者が充当先の債務を指定する条文なので、一本の債権内部での基本給(算定基礎賃金)と固定残業代の引っ張り合いの問題とは異種の問題であり、固定残業代は488条1項の射程の問題ではないと思われる。恐らく「固定残業代の問題は労基法の問題ではなくあくまで合意による充当の問題だ」という結論を導くために民法の条文を提示したのだと思うが、そういう考え方はあるにせよ、民法488条の問題ではないように思う。民法488条の問題とすると、充当指定が無い場合(固定残業代が無効の場合)に民法489条の問題になってしまうが、その場合でも、債務者に利益の多いものから充当することになり、固定残業代へ充当することになってしまうのではないだろうか。
 
 これについては、未払の法内残業代と法外残業代がある場合に、付加金との関係で、既払金はどちらに先に充当されるのか、という、私以外誰も気にしたこともない論点とも似た性質の問題と考える。

 私見では、ある賃金が固定残業代と認められない場合にその賃金が基本給(算定基礎賃金)に繰り入れられ、結果として、残業代が未払となるのはやはり労基法37条5項(と労基法11条、労基法施行規則19条2項)の効果である。

 同法は算定基礎賃金(基本給)VS残業代(法内含む)、除外賃金という考え方をしており、除外賃金か残業代(法内or法外)に該当しない場合、問答無用で算定基礎賃金に繰り入れられる。

 条文の文言解釈としては、無効な除外賃金でも、無効な固定残業代でも、法定の例外に該当しないので労基法37条5項の「割増賃金の基礎となる賃金」に算入される。すなわち、労基則19条1項各号の「賃金」(算定基礎賃金)にすべからく該当することになるのである。その場合、その賃金は所定労働時間に対して支払われる賃金(37条1項の「通常の労働時間又は労働日の賃金」)とみなされるのである。このことは労基則19条2項で「休日手当その他前項各号に含まれない賃金は、前項の計算においては、これを月によつて定められた賃金とみなす。」とされ、このような賃金については月給制賃金とみなされることから裏付けられる。