残業代請求の理論と実践

弁護士渡辺輝人のブログ。残業代(労働時間規制)にまつわる法律理論のメモ、裁判例のメモ、収集した情報のメモ等に使います。

離職率は高くないというワタミの新卒賃金を考える

「ナベテル業務日誌」に2013年4月16日に書いた記事の転載。

---------

 今、日経ビジネスオンラインに、ワタミ株式会社代表取締役桑原豊氏が語る「「我々の離職率は高くない」ワタミ・桑原豊社長が、若手教育について語る」という記事が載っている。確かに、「ブラック企業」という言葉は概念が定義されている訳ではないので、レッテル貼りになりかねない側面はある。しかし、ワタミ(というか居酒屋の従業員が所属しているのは桑原氏が代表取締役を務める子会社の「ワタミフードサービス株式会社」ではないだろうか。会社概要はこちら)の労働条件が実際にどんなものかを分析することは、この問題を考える上では有益なのではないだろうか。まあ、この運営子会社という方式自体が、すでになんとなくピンとくるものがあるんですが。  幸いワタミフードサービス株式会社はホームページで労働者を募集しており、相当詳細に書いてあるので、労働条件を分析することが出来るのだ。

ワタミフードサービスの賃金

 ワタミフードサービス株式会社の「新卒募集要項」で賃金を見ると初任給について

基 本 給 :190,000円(うち深夜手当30,000円含む) 超過勤務手当:52,335円(時間外勤務45時間) 年勤務日数258日(平年の場合。休暇日数が107日なので)

であることが分かる。「深夜手当」の意味が明確では無いが、労基法の定める深夜早朝勤務手当の意味だとして話を進める。

基礎時給の算出

 では、この会社の新卒採用社員の賃金の時間単価(以下「基礎時給」とする)はいくらだろうか。社会人でも、これの算出方法は知らない人の方が圧倒的に多いと思うので、この機会に計算方法を知っておいて欲しい。

 この会社の平年の年間所定労働日は365日-107日=258日である。断りがない以上、一日8時間労働制だと思われるので、年所定労働時間は2064時間となる。これを12で割ると各月の所定労働時間が得られるが、これは172時間ぴったりとなる。ちなみに、変形労働時間制が適法に導入されていない限り、平年の月所定労働時間の上限は173.8時間(=週40時間労働制÷週7日×年365日÷12ヶ月で得られる)である。

 話が脇にそれたが、月給をこの172で割れば、基礎時給の額を得ることが出来る。しかし、ここで大きなポイントがある。上記の新卒賃金のうち、深夜早朝勤務手当、残業代はあくまで超過勤務をした場合の割増賃金に過ぎないので上記の「月給」との関係では「除外賃金」となる(こういう紛らわしい記載が禁止されていないのが一つの問題なのです)。結局、これらを除いた16万円を172で割った930円(四捨五入)がこの会社の新卒職員の基礎時給となる。ちなみに東京都の最低賃金は850円(2012年10月1日時点)である。

給与に含まれる深夜早朝勤務時間

 一方、深夜早朝勤務の単価は930円×0.25=約234円。深夜手当として支払われる3万円を割ると約128時間分の賃金が先払いされていることになる。新卒の正社員は月128時間の深夜早朝勤務(夜10時から早朝5時までの時間帯)をすることが期待されていると言えるし、ここまでは給与で最初から支給済みで、深夜早朝金手当は別途支給されない。

 ところで、一日の深夜早朝勤務時間の上限は理論上7時間だ(午後10時から午前5時までが7時間しかないから)。年労働日258日を12ヶ月で割ると月平均21.5日勤務。仮に全部の勤務日でフル夜勤で働くとすると、21.5×7=150.5で、一月の深夜早朝勤務の時間は150.5時間となる。これと128時間と比べると、すべての勤務日において約6時間の深夜早朝勤務することがあらかじめ想定されていると言える。もちろん、シフト制だから、深夜早朝勤務を7時間フルでやる日や、5時間とする日などがあるということだろう。

時間外勤務手当の計算

 一方、超過勤務手当(残業代)の先払いが45時間分で5万2335円。時給930円×1.25=約1163円となり、これで割ると45時間ちょうどとなり検算も正しい。繰り返すが、この分の残業代は給与で先払いされている。

月100時間残業したときの賃金

 さて、この給与体系で月100時間の残業をすると、賃金は一体いくらになるのか。45時間分の残業代は支払済みなので1163円×55時間=6万3965円が別途支払われる残業代となる。これに16万+3万円+5万2335円=30万6300円となる。すべての勤務日にフルの深夜早朝勤務をすると仮定して、深夜手当を22時間分プラスすると5148円。合計で31万1448円となる。

 月100時間の残業があって、その多くが深夜早朝勤務というのは、厚生労働省の基準で言えば過労死ラインを超えているし、いかに20代でもかなりきつい勤務だろう。ただ、ワタミでは過去に現に過労自死事件が発生しているので、そういう労働も少なくとも過去にはあったということだ。そして、それだけ働いて31万1448円の月給というのがワタミフードサービスの賃金ということになる。

みんなで考えよう

 さて、読者の皆さんは、この賃金体系についてどう思っただろうか。それがブラックなのか、ホワイトなのかは、それぞれの判断にお任せする。

 ここで一つだけ指摘したいのは、残業代込みで総額を大きく見せる賃金の提示ってずるくない?ということ。しかし、そういう賃金の提示方式は禁止されていない。そうだとすると、労働者の側が勉強をして、ワタミフードサービスの新卒正社員の時給は理屈の上では930円くらいになるし、提示されている賃金からしてかなりの長時間残業、深夜早朝勤務を期待されている、ということを学んでいかないとならないと思うのだ。

2013.4.16 19:20追記

 18時台だけで400pv(忍者ツール測定)もあり、反響に驚いているが、「なぜ深夜早朝勤務手当の計算が1.25ではなく0.25」なのかについて。

 月給制の場合、深夜早朝勤務が週40時間、日8時間以内の所定労働に含まれている場合は、基本の1.00の部分は基本給の16万円でカウントされ、支払済みとなる。一方、深夜早朝勤務が時間外勤務の時は、1.00の部分は時間外勤務手当の1.25のうちの1.00に含まれている。結局、計算としては基礎時給に0.25を掛けることになるのだ。

 学生のアルバイトだと大概は時給計算だから、深夜早朝勤務手当は基礎部分も含めて「1.25」と覚えがちなのだが、計算の上では上記のようになる。

2013.4.16 21:50追記

 コメント欄とはてぶで60時間超の残業代について5割増ではないか、というご指摘を頂いた。この規定は一定の大企業にのみ適用があり、その要件は労基法138条で決まっているが、

(1)資本金3億円以下(小売業又はサービス業を主たる事業とする事業主については五千万円、卸売業を主たる事業とする事業主については一億円)の事業主 (2)常時使用する労働者の数が三百人(小売業を主たる事業とする事業主については五十人、卸売業又はサービス業 を主たる事業とする事業主については百人)以下の事業

の(1)(2)のどちらにも該当しない企業のみだ。ワタミフードサービスは(1)は満たすようだが、(2)については、事業所の単位をどうみるのか(店舗単位なのか、地域単位なのか)と絡み、簡単に確定できない。公表されている情報だけでは適用の有る無しは必ずしも分からない。

 また、「残業代込みの基本給はあり」的なコメントが散見されるが、過去の判例によると、明確に計算ができる場合でないとダメということになっている。賃金体系が合法か、脱法かは非常に難しい判断なので、自分の賃金体系に疑問を持ったら、労働事件が専門の弁護士にどんどん相談した方が良いとおもう。というか、自分の基礎時給を知るためだけでも、法律相談を受ける意味はある(ただし、基礎時給の計算をすぐにできる弁護士は限られていると思うので労働者側で労働事件を専門にやっている弁護士に相談する必要がある。)。

 仮に60時間超5割増が適用されるとすると、はてブで「caq」さんにご指摘頂いた通り、既払45時間+追加残業55時間で、\1163x15h+\1395x40h=7万3245円となり、月100時間残業で、月給32万0728円となる。