残業代請求の理論と実践

弁護士渡辺輝人のブログ。残業代(労働時間規制)にまつわる法律理論のメモ、裁判例のメモ、収集した情報のメモ等に使います。

資料:東京地判平成27年2月27日(超過分清算実態の無い固定残業代の合意を無効とした事例)

 ウェストロージャパンで、『労働判例』に掲載されていない(気がする)固定残業代の裁判例を発見したので、メモ。下線は私が付したもの。特徴は、45時間分の固定残業代の合意の存在を認めながら、超過分清算実態の無い固定残業代の合意を無効とした点と、労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条を援用しつつ杜撰な労務管理の下での超長時間労働を根拠にして合意を無効とした点から、結果において合意を無効としたところ。そしてこのような合意を無効とする根拠を労基法37条5項(除外賃金の規定)とする点も興味深い。算定基礎賃金から除外されるのは、適法な除外賃金、適法な割増賃金、適法な法内残業代だけであるところ、この摘示は興味深いし、的を得ているように思う。

東京地判平成27年2月27日(いわゆる事件名について「リンクスタッフ事件」とするネット上の記事がある)

 4 争点4(本件固定割増賃金の合意の有効性)

  (1) 原告は,本件固定割増賃金の合意が過去の最高裁判例で示された要件に該当せず,また公序良俗に反するものとして無効である旨主張する。

  (2) 本件固定割増賃金の合意は労働基準法37条5項の「割増賃金の基礎となる賃金」から除外される賃金に明示的に列挙されているものではないが,同条1項の「通常の労働時間又は労働日の賃金」の「通常」とは時間外・深夜でない通常の意味であって,時間外労働に対して支払う名目の賃金は除外されるし,一般に賃金の前払が否定されるものではない以上,事前に一定時間分の割増賃金につき前払することを合意する扱い自体が同条5項に反するものとはいえない。仮に前払以上に割増賃金が発生する月が生じたとしても,それが事後に適時に精算される扱いとされているのであれば,特段の問題はないと考えられる。本件固定割増賃金の合意についても,同条1項の「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは明確に区別される,月45時間分の時間外労働に対する割増賃金の前払の合意をしたものと理解される。

 他方で,割増賃金は,その義務履行が付加金(同法114条)及び刑事罰(同法119条)により強力に担保されている実態に鑑みれば,その義務履行は誠実になされるべきであるところ,これに反し,当初の合意の趣旨に反する不誠実な賃金支払の実態が当事者間にある場合には,同法37条5項に反し無効というべきである。

  (3) まず,被告における本件固定割増賃金の合意の有効性につき検討するに,被告大阪本社勤務期間(平成21年12月7日から平成22年3月28日)中の原告の時間外労働時間は,別紙1「残業代金集計表」中の「月次集計表」記載のとおりであるところ,平成22年2月及び3月については月45時間を超えている。この点,労働時間認定の証拠である勤務表(乙2)によれば,出勤時間と退勤時間の差から休憩時間を差し引いた時間,実働時間及び残業時間のそれぞれの関係に不整合な記載が認められ(平成21年12月19日(土),平成22年1月9日(土),同月30日(土),同年2月6日(土)は実働時間がそのまま残業時間と思われるのに,そのような扱いとされていない。他方で,平成21年12月12日(土),平成22年1月23日(土),同月20日(土),同年3月6日(土),同月13日(土)の実働時間はそのまま残業時間と扱っている。),原告の陳述書(甲1)によれば,勤務表(乙2)の提出の際に原告の残業時間を少なめに調整していたことが認められることから,残業しているにもかかわらず残業を支払わない,いわゆるサービス残業を被告が原告に強いていたものと認められる。そうすると,本来支払うべき割増賃金をあえて払わない不誠実な対応であり,当初の合意の趣旨に反する実態があるというべきであるから,本件固定割増賃金の合意は無効である。

  (4) 次に,a社における本件固定割増賃金の合意の有効性につき検討する。

 我が国の労働時間等の設定の改善に関する特別措置法2条によれば,事業主は,その雇用する労働者の労働時間等の設定の改善を図るため,業務の繁閑に応じた労働者の始業及び終業の時刻の設定等に努めなければならず,雇用する労働者の心身の状況及びその労働時間等に関する実情に照らして,健康の保持に努める必要があれば,休暇の付与その他の必要な措置を講ずるように努める義務がある。被告の代表者とa社の代表者は同一であるから,事業主として当然かかる法律の存在を認識し,上記法の精神に沿った運用をa社においてもすべきである。また,労働安全衛生法66条の8の面接指導は,脳血管疾患及び虚血系疾患等の発症が長時間労働との関連性が強いとする医学的知見を踏まえ,これら疾病の発生を予防するために医師による面接指導を実施すべきものとしたものであるが,これに関する面接指導の要件となる労働者の要件は1週間当たり40時間を超えて労働させた時間が1月当たり100時間を超え,かつ,疲労の蓄積が認められる者とされているところである。この点も事業主として当然かかる法律の存在を認識し,上記法の精神に沿った運用をa社においてもすべきである。また,前記2で判示のとおり,原告はa社間に在籍出向したのであるから,被告は,出向者の労務管理状況に関心を払って当然である。

 しかるに,a社勤務期間(平成22年3月29日から平成23年5月19日)中の原告の時間外労働時間は,別紙2「残業代金集計表」中の「月次集計表」中の「残業時間」欄記載のとおりであるところ,原告は過度の長時間労働を強いられ,過労による生命・身体の危険すら生じかねない状況にあったというべきである。のみならず,証拠(乙8,乙9,乙22)によれば,a社においては,割増賃金どころか通常の賃金すらも未払の状態にあったというのである。a社における労務管理の実態は上記法の遵守などとはおよそかけ離れたずさんなものであり,当初の合意の趣旨に反する実態があったことは明白であって,本件固定割増賃金の合意は無効である。