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残業代請求の理論と実践

弁護士渡辺輝人のブログ。残業代(労働時間規制)にまつわる法律理論のメモ、裁判例のメモ、収集した情報のメモ等に使います。

「通常の労働時間の賃金」の意義と菅野和夫『労働法 第11版』で発生した論述の揺らぎ

 東大労働法研究会の研究者の多くは、労働基準法37条の割増賃金の意義について、法37条1項で明示的に規定されているのは25%の部分のみであるとする(25%説)。この場合、100%部分は、同条の趣旨及び労基法24条により原則として支払いが義務づけられるが、付加金の対象にはならない。

割増賃金の100%部分の賃金の意味

 この説では、100%部分は法37条の割増賃金ではないので、別途呼称が必要になるが、これを「通常賃金」(『注釈労働時間法』p491、『注釈労働基準法』p631~632。p632に「通常賃金(100%部分)」という記載がある。)、「通常の労働時間の賃金」などとしているように思われる。菅野和夫教授は『労働法 第11版』の496頁で以下のように述べる。

 * 通常の労働時間の賃金 賃金額が月によって定められている我が国の通常の賃金形態(月給制。437頁参照)では、割増賃金の計算の基礎となる「通常の労働時間の賃金」は、月による賃金額を「月における所定労働時間数」で除して算出される(労基則19条1項4号)。そこで、1日または1週の所定労働時間を短縮すること、および週休日を増加させることは、月の所定労働時間数を減少させ、割増賃金の算定基礎(時間単価)を増加させる。これが、我が国での「時間短縮によるコスト増」の重要な側面である。

菅野教授の言う「通常の労働時間の賃金」は明確に時間単価を示している。

 この点、労働基準法の文理解釈自体から、時間単価=労基法の37条1項の「通常の労働時間または通常の労働日の賃金」と言い切るのは難があり、『注釈 労働時間法』、『注釈労働基準法』、厚生労働省労働基準局編『平成22年版労働基準法 上』でも、その辺は慎重に取り扱っていて、直接的にそのような定義 の仕方はしていない。最高裁も後述のようにそのようは使っていないように思う。

 また、25%説に限らず、所定労働時間より多く法定労働時間制以下の時間帯の労働(法内残業)に対して、別段の定めがない限り支払われる100%部分の賃金についても「通常の労働時間の賃金」、「通常賃金」などと呼び習わされることが多い(『注釈労働時間法』p497、『注釈労働基準法』p637)。25%説に立った場合の割増賃金の100%部分と、規制の厳しさ(適用される労基法の条文)が異なるが、同じ計算で導かれる賃金なので、両者は概念がほぼ同一と思われる。

賃金の性質に着目した意味

 一方、「通常の労働時間又は労働日の賃金」は、割増賃金の算定基礎となる賃金(算定基礎賃金)全体を指す概念としても用いられる(『注釈労働時間法』p511、『注釈労働基準法』p644。両書とも「通常の賃金」の定義を置いているのはこの部分である)。これが本来の使い方であろう。この「通常の賃金」には(1)当該労働に普通の賃金という意味、(2)時間外・深夜でない通常の労働時間に当該労働がなされた場合の賃金、という二つの意味がある、とされる(『注釈労働時間法』p513)。

 両義的に使っていると生じる25%説特有の混乱

 結局、「通常賃金」「通常の賃金」「通常の労働時間の賃金」には、賃金の性質に着目して算定基礎賃金の側に寄せた概念と、その性質を前提にして労基則19条1項で具体的に算定された法内残業を含む残業代の100%部分ないしその時間単価、という両義的な意味があるように思われる。

 125%説に立つ場合、両者の意味を厳密に定義せず曖昧に使っていても、大きな混乱は起きないし、実際、多くの研究者は両者の意義を混同して使用しているように思える。大きな混乱が起きないのは125%部分全体が割増賃金であり、100%部分も「割増賃金」概念に包括され、その部分に独立した名称を与える必要がないからである(ただしどちらの意味で使っているのか紛らわしいという問題は125%説でもある)。

 しかし、25%説の場合、大きな混乱が発生し、本を読んでいて訳が分からなくなる。それが端的に表れているのが以下の記述である。

法所定の割増賃金に代えて一定額の手当を支払うことも、法所定の計算による割増賃金を下回らない限りは適法である。ただし、法所定の計算方法によらない場合にも、割増賃金として法所定の額が支払われているか否かを判定できるように、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金相当部分とを区別できるようにすることを要する。

菅野和夫『労働法 第11版』p498)

 菅野教授は、既に述べたように、「通常の労働時間の賃金」について、労基則19条1項によって計算される割増賃金の100%部分の時間単価である旨、わざわざ定義している。上記の記述を真に受けると、菅野説では、固定残業代の論点に関する区分の要件(明確区分性要件)は、100%部分と25%部分を区分するための要件になってしまう。しかし、結果として支払われた(100%部分と25%部分が混在した)割増賃金の内部で両者の区分を試みても、菅野教授が言う「割増賃金として法所定の額が支払われているか否かを判定できるように」はならない。菅野説で100%部分と25%部分を区分する意味などないと思われる。

 菅野説において(のみならずどの立場に立っても)、区分が必要なのは、算定基礎賃金の側に寄せた意味での「通常の賃金」と、100%部分を含む割増賃金である(厳密に言うと、さらに除外賃金、法内残業代との区分も必要)。要するに算定基礎賃金と割増賃金の区分である。これを区分できれば、25%部分は(少なくとも)計算上は特定できるから菅野説によれば「割増賃金として法所定の額が支払われているか否かを判定できるように」なっているので、それで問題ない、ということになるはずである。

 つまり、菅野本第11版では、算定基礎賃金側に寄せた意味で「通常の労働時間の賃金」をいう言葉を使ってしまい、それが自らの定義した「通常の労働時間の賃金」とかみ合わないため、記述に揺らぎ(というか綻び)が生じているのである。この点、菅野本第10版まででは、上記引用した「通常の労働時間の賃金部分と割増賃金相当部分とを区別できるようにすること」は「割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分とを明確に区別すること」とされていた(この書きぶりでも「割増賃金部分」を25%部分と捉えるとやはり混乱が生じるが)。

 第11版で記述を書き改めたことによってわざわざ混乱を呼び込むことになったのである。では、なぜ書き改めたのか。それは、テックジャパン事件最高裁判決(最判平成24年3月8日)が以下のように述べたからだと思われる。最高裁の判決文に合わせて書きぶりを変えたら、論述に揺らぎが生じてしまったのである。

そうすると,月額41万円の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同項の規定する時間外の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものというべきである。 

 この最高裁の判決文において「通常の労働時間の賃金」が、算定基礎賃金の側に寄せた概念として使われていることは明らかだろう。すでに述べたように、25%説では、「通常の労働時間の賃金」について、法37条で明示的に規定されないがその趣旨により原則として支払われる100%部 分の賃金、という意味があるが、(菅野説に依り)法所定額以上の支払の有無を検証するために、この基本給の中ですべきなのは、算定基礎賃金たる「通常の賃金」と割増賃金の区分であり、上記、割増賃金の100%部分の賃金という意味での「通常の労働時間の賃金」を観念したり、区分する意味はない。

 菅野本第11版で生じた揺らぎは、菅野教授が25%説に立ち、割増賃金の100%部分に特別な意義を与えようとするゆえのものと考える。最高裁が基本給の内側に「通常の労働時間の賃金」が含まれる、と(割と乱暴に)言ったことで、最高裁は、菅野本の「通常の労働時間の賃金」の定義を否定してしまったのであり、それが菅野本第11版の記述の揺らぎの原因なのである。実は、これは、最高裁が25%説を念頭に置いていないことの現れである、と思うのは邪推だろうか。

 私見では、算定基礎賃金の側に寄せた概念(「通常の労働時間または通常の労働日の賃金」の略称)を「通常の賃金」、算定基礎賃金を前提に労基則19条1項各号に計算により算出した割増賃金の時間単価(100%)部分に寄せた概念を「基礎時給」と呼んではどうかと思っている。「算定基礎時給」でもいいのかもしれないが、用語は短い方がよい。

文中

『注釈労働時間法』=東京大学労働法研究会編『注釈労働時間法』〔荒木尚志〕(1990年9月10日 有斐閣)483頁以下

『注釈労働基準法』=東京大学労働法研究会編『注釈労働基準法 下巻』〔橋本陽子〕(2003年9月30日 有斐閣)629頁以下